気がつけば燕は一人、雨の中に立っていた。
手にする黒い傘はずしりと重い。周囲の人々は燕など目にも入っていないような顔で通り過ぎていく。
聞こえるのは馴染みのない、跳ねるような言語と雨の音。
それを聞いて燕は、
(夢だ)
と確信した。
燕は時々、知らない国へ迷い込む夢を見る。
(今日は……どこだ。ここは、アジアの、どこか)
燕の立つ道の左右に、屋台が軒を連ねていた。看板に書かれているのは漢字の羅列だ。
空は日本で見るよりもう少し黒い。それは大地が明るすぎるせいだ。
どの屋台にも電飾が華やかに輝いていた。そんな屋台の店頭には様々な料理が並んでいる。肉、野菜、魚……しかしそれは輪郭がぼやけて見えた。
(これは、繋ぎ合わせた記憶だからだ)
燕は手にする傘を強く握りしめる。
燕は旅行の経験が少ない。だから今、目の前に広がる風景は、燕が雑誌やテレビなどで見た風景の継ぎ接ぎである。
記憶のない箇所は黒く塗りつぶされ、先も見えない。
(この傘と雨音がリアルなのは)
手にした傘は、父が愛用していた重い傘だった。
その雨の音と傘の色だけが、この中で唯一のリアルだ。
「ねえ」
早く夢から覚めたいと、祈るように俯いた燕の耳に聞き覚えのある声が響く。
「雪みたいなかき氷。ふわふわして、真っ白ですごくきれい」
それは踊るような、跳ねるような。
「氷の上からたっぷりかけてる、あのオレンジ色はなあに? すごいわ、あそこだけ夕日の色みたい」
……柔らかで、温かい。
「ねえ、燕くん」
「どうしてここに」
燕は思わず傘を地面に落としていた。地面に跳ねた傘は、あっけなく消え失せる。
気がつけば雨はなく、空気は乾き、肌に触れる風は蒸し暑い。
「律子さん」
……そして眼の前に、律子がいた。
手にする黒い傘はずしりと重い。周囲の人々は燕など目にも入っていないような顔で通り過ぎていく。
聞こえるのは馴染みのない、跳ねるような言語と雨の音。
それを聞いて燕は、
(夢だ)
と確信した。
燕は時々、知らない国へ迷い込む夢を見る。
(今日は……どこだ。ここは、アジアの、どこか)
燕の立つ道の左右に、屋台が軒を連ねていた。看板に書かれているのは漢字の羅列だ。
空は日本で見るよりもう少し黒い。それは大地が明るすぎるせいだ。
どの屋台にも電飾が華やかに輝いていた。そんな屋台の店頭には様々な料理が並んでいる。肉、野菜、魚……しかしそれは輪郭がぼやけて見えた。
(これは、繋ぎ合わせた記憶だからだ)
燕は手にする傘を強く握りしめる。
燕は旅行の経験が少ない。だから今、目の前に広がる風景は、燕が雑誌やテレビなどで見た風景の継ぎ接ぎである。
記憶のない箇所は黒く塗りつぶされ、先も見えない。
(この傘と雨音がリアルなのは)
手にした傘は、父が愛用していた重い傘だった。
その雨の音と傘の色だけが、この中で唯一のリアルだ。
「ねえ」
早く夢から覚めたいと、祈るように俯いた燕の耳に聞き覚えのある声が響く。
「雪みたいなかき氷。ふわふわして、真っ白ですごくきれい」
それは踊るような、跳ねるような。
「氷の上からたっぷりかけてる、あのオレンジ色はなあに? すごいわ、あそこだけ夕日の色みたい」
……柔らかで、温かい。
「ねえ、燕くん」
「どうしてここに」
燕は思わず傘を地面に落としていた。地面に跳ねた傘は、あっけなく消え失せる。
気がつけば雨はなく、空気は乾き、肌に触れる風は蒸し暑い。
「律子さん」
……そして眼の前に、律子がいた。
あとがき
ありがたいことに、極彩色の食卓、台湾版が発刊となりました。
燕くんと律子さんがもし台湾に旅行に行ったらどうなるかな…?
律子さんはあちこち行きたがるし、ああ見えて結構足が速いので、燕くんは観光というより律子さん追いかけ回して苦労しそうです。
でも熱々できたての夜市のご飯とか、冷たくて甘い飲み物とか、全身全霊で旅行を楽しんで欲しいなあと思うのです。そしてもちろん、台湾の色鮮やかな色彩も楽しんでもらいたいです。
……などなど、想像したらとても楽しく、そしてこんなお話になりました。
そして台湾飯といえば魯肉飯。魯肉飯大好きです。
今回もまた山本ゆり先生のレシピを書かせていただきました。いつも素敵なレシピをありがとうございます。
多めの油で炒めた玉ねぎを入れると、お肉がトロっと、ご飯泥棒待ったなし。スパイスなしで気軽に作れる上、味もかなり本格的でした。
気軽に台湾気分を味わえるのでおすすめです!