(……またか)
かすかな物音を耳にして、燕はソファーの上で目を開く。
ダイニングに置かれた、赤革張りのソファー。その上で猫のように丸まったまま、燕はじっと気配を探る。
周囲はまだ青い。鼻の先がほんの少しだけ冷たい、そんな秋を感じる朝だ。
その中に、律子の小さな背が見えた。
珍しくも彼女はキッチンに立ち、周囲を気にするように首を動かしている……燕の動向を気にしているのだろう。
昨夜、うっかりとソファーで寝落ちてしまった燕はそのまま寝たふりを続行する。
わざと寝返りをうつと、律子の動きがピタリと止まる。やはり、燕を気にしているのだ。
やがて律子はキッチンから何かを取ると、抜き足差し足で玄関に向かう。筆を地面に落としながらなので、随分と賑やかな秘密もあったものだ。
彼女が玄関を出てゆっくりと鍵が閉まる。その音を聞いて、燕もそっとソファーから滑り降りた。
(今日で三回目。必ず朝だ。そして昼前には戻る)
あとがき
重版、続刊。「重ね」「重ね」の思いを込めて、色を重ねる、調味料と具を重ねる季節を重ねる…という重ねの多いSSとなりました。
今回、作中で燕くんが作っていた炊飯器煮込み手羽先ですが、このレシピは重版帯でメッセージを頂いた、料理コラムニストの山本ゆりさんのレシピ『炊飯器でとろとろ!手羽の甘辛煮』が元ネタです。
実はこのお料理、山本ゆりさんにブログで極彩色の食卓を紹介頂いた際、掲載されていたものなのです。(https://ameblo.jp/syunkon/entry-12493146576.html)
山本ゆりさんのレシピはどれも簡単かつ、材料も家にあるもので作れるものが多く、さらに彩りもキレイなので燕くんにピッタリだなあと勝手に考えており、お話と絡めることができて大満足です。
自分でも作りましたが、本気で昼寝してる間にできるレベルのお手軽さでした!
山本ゆり先生コメント
まさかこんな素敵なお話にして頂けるなんて。
海の青、波と塩の白、醤油の茶色と卵の黄色・・・夏から秋の変化が色から伝わる秀逸さ。律子さんの無邪気な「魔法みたい」が嬉しく、お口にあってよかった・・・とホッとするぐらい入り込んでいました。
疲れていても作れ、眠ってる間に完成するというのが物語を通して伝わって感激です。またこのレシピの欠点である炊飯器の香りをそのまま使ってご飯というアイデア! 本当にありがとうございました!