大学生同士のカップル未満が初めて一緒に食べた朝ごはん。偶然会った高校の同級生と食べる深夜のラーメン。風邪の時に同僚が作ってくれた鍋焼きうどん。料理が嫌いな上司に食べさせたくて母に教わる煮物の作り方。なかなか減らない冷蔵庫の常備菜を(他人を巻き込んで)上手に使い切る秘策。おにぎりが苦手になった理由ともう一度食べられるようになった理由。クリスマスパーティーで知るとり天の味と気になる人の意外な一面。お互いが買ってきたパンと飲み物を交換して食べる昼休み。弟お手製の夏カレーで思い出す、懐かしくておかしな過去。鰻が救ってくれた誰かの世界。
――かつて味わったことがあったかもしれない、もしかしたらこれから味わうかもしれない、
そんな素敵な「食」にまつわる35の風景。

『おにぎりの話』
おにぎりが食べられない会社員の私。ある日、天気が良かったので外のベンチでパンを食べていると、同僚の吉田に声をかけられた。
「おにぎり嫌いって、珍しくない?」
「嫌いっていうか……苦手っていうか……」
そうして、おにぎりを避けるようになった訳を訥々と語りだす私と吉田に、とある小さな奇跡が訪れる。
『八月のしるこ同盟』
高校三年生の夏。その日も猛暑だった。受験生のわたしが塾の帰り道、寂れた駅にたった一つだけある自動販売機で冷たい麦茶を買おうとしたら、なぜか取り出し口に落ちてきたのは「あたたか~い『甘~いしるこ』」だった。
なぜ。どうしてこんなことに。呆然とするわたしの背後から、同じ予備校に通う同級生の生徒会長が現れる。そして彼の手にも「しるこ」の缶が……!?
『あいびき』
夕飯にハンバーグを作ろう。それもいつものスーパーじゃなくて、駅前のちょっとお高いスーパーで材料を買っちゃおうかな。そんな感じで張り切って買い物に出かけた私が目撃したもの。それは会社に行っているはずの夫と、若い女性が連れ立っている姿だった。
向こうは私に気づいていない。私はとっさに近くにあった特大サイズの醤油を掲げて顔を隠しつつ、二人を尾行するのだが……。
『鰻に会いに』
先週から立て続けに小さな嫌なことが続いて気が滅入った私は、自分の気持ちを盛り上げるべく、大正時代から続く「鰻」の名店に予約を入れる。今週どれだけ嫌なことがあっても、週末には鰻が食べられる。そう思えば乗り切れる。そして当日、予約先に向かう私の前に、あまりにも予想外のできごとが起こる――。

