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『冬夜に冴ゆる心星』の刊行を記念して、
著者である泉坂光輝先生の構想を元に、
建築士のもしおさんによってデザインされた探偵事務所の間取りと外観を大公開!
神宮道のそばでひっそりと佇み、
依頼人の訪れる探偵事務所の全貌をお楽しみください。

外装

 京都らしさをどこかに出せたらよいなと考え、瓦は一文字瓦で描きました。色はいぶし銀と思われます。
 屋根は入母屋の方が格式が出るかなとも考えましたが、平屋ですし、匡一朗さんの性格を考えて寄棟でつつましやかに納め、仰々しい装飾瓦は避けました。
 今回は乗せませんでしたが、京都町家でときどき屋根の上にいる鍾馗様、素敵ですよね……。
 外壁は腰までが焼杉で上は漆喰です。省略しておりますが、敷地の周囲は石塀の上に木製の目隠しが設けてある設定です。
 入口の看板は洋風横書きなものかと勝手に想像していたので、縦書きのイメージを頂いた時は少し意外でした。

もしお(@moshio_tsumuri

内装

内装

 建築界隈の人間にとって京都は聖地ですので、「京都の民家」という言葉にまず驚き、「こりゃあ大変なことになったぞ……」と急いで京都の建築について資料を読み漁りました。途中からわくわくしてきて、肝心な作品も読んでいないうちから先走って「とりあえず京都町家を事務所兼住宅にリノベした案」を妄想して送りつけてしまったほど、いつのまにか前のめりで取り組んでおりました。
 物語中の登場人物の皆さんの動線を図面の上で反芻して、部屋や家具の配置を考えるという経験は、通常のプランニングとは全く違い、同じ劇を何度も違う角度から観ているようでした。
 中でも、一番最初にいただいた資料にあった事務所の床材のイメージ(「かなり明るいオークの無垢フローリング材です」)を、物語を拝読してからもう一度読んだ時、木漏れ日に溢れた事務所の中を走り回る幼いナラちゃんと見守る匡一朗さんの姿が強く浮かびました。この光景がこの事務所の芯なのだなと感じ、子どものナラちゃんがあちこちで緑を感じられるように窓と植栽を増量させていただきました。
 リビングでソファーに寝転がったままの弟を窓越しに横目で見ながら庭木の手入れをする貴壱さん、元は匡一朗さん用に作られているお風呂の入口で頭をぶつける高身長の壱弥さんなど、登場人物の皆さんの描かれざる日常生活を想像する一助となれば幸いです。

もしお(@moshio_tsumuri

間取図完成記念SS『桜色が宿る場所』

 繚乱と咲き誇るソメイヨシノに彩られた岡崎疎水には、観光客を乗せた十石舟がゆったりと進み、周囲には陽気な声が飛び交っていた。
 花の豊かな季節になると、決まって幼少の記憶を思い出す。祖父に手を引かれながら歩いた神宮じんぐうみちと、二人で見上げた真っ赤な大鳥居。流れていく無数の花びら。柔らかな春の風。そして、たくさんの思い出が詰まったあの法律事務所。
 弁護士だった祖父の事務所は、賑やかな神宮道から三条通を南に渡り、さらに小路を西に入った先にひっそりと佇んでいた。
 自転車を降りてから、私は石塀に囲まれた事務所の敷地へと足を踏み入れる。
 真っ先に目に飛び込んでくるのは、景観に合わせて造られた縦格子の入り口で、その傍らには「あなたの失くしたもの、見つけます」と記された小さな木札が掛かっている。以前は、ここが法律事務所であったことを示す木製の看板が置かれていたのだが、もう随分と昔のことのように思えるくらい、この小さな木札にも見慣れてしまっていた。
 私はそっと格子戸を開く。
 適度に採光された明るい空間と、足元に広がるオークのフローリング。入り口を開いた瞬間の景色は少しも変わらない。しかし、祖父がいた頃はもっと賑やかで、背広姿の大人が幾度と往来し、常に人の声が飛び交っていたようにも思う。
 よみがえる記憶と照らし合わせながら、私はゆっくりと足を進めていく。
 左手に見える扉の奥には、かつて応接室として使われていた小さな部屋がある。しかし、現在は日常的には使用されていないようで、窓にはブラインドが下ろされ、扉には鍵がかかっているらしい。代わりに、事務所の中には応接用のソファーとローテーブルが設置され、そのさらに奥の窓辺には、彼の仕事用のデスクがあった。
 同じ場所に座っていた祖父を懐かしむように、私は彼に視線を向けた。
いちさん」
 声をかけると、壱弥さんはキーボードを叩く手を止めて、ふわりと顔を上げた。
「ナラか、どうしたん」
 私は手に提げていた袋をそっと持ち上げる。
「桜餅買ってきたんで、一緒に食べませんか」
「桜餅か、ええな」
 そう、彼は目を輝かせながらふわりと席を立った。
 そのまま、部屋に続く扉を開く。そこには、本来ならば入り口の格子戸の先に設けられるはずの玄関があって、その特殊な構造こそが、この事務所における最大の特徴でもあった。
 事務所と部屋の境目にある玄関で靴を脱いでから、私たちは薄暗い廊下を越えていく。そして部屋の真ん中でソファーに着くと、壱弥さんは受け取った袋から透明のパックを取り出し、嬉々として桜餅をひとつ摘まみ上げた。ほんのりと桜色に染まる餅を頬張りながら、壱弥さんは幸せそうな顔をする。
「あぁ~やっぱり春ってええなぁ。和菓子が美味しい季節やし」
「壱弥さん、どの季節でも同じこと言うてませんか」
「ん、そうやっけ?」
 とぼけたような顔を見せたあと、彼は手にしていた桜餅をぺろりと平らげた。
 窓から見える小さな庭には、祖父が愛した枝垂れ桜が花を咲かせている。
 この桜が散り果てる前に、祖父はこの世を去った。ゆえに、忙しなく駆け回っていた祖父はもうここにはいない。それでも、幼き日々を過ごした事務所は今も変わらずここにあって、祖父の心を継いだ壱弥さんが住み、たくさんの人を救っている。
 私たちが大切に思うこの事務所には、祖父とともに過ごした、春の光のような温かい桜色の記憶が、今でも変わらず宿っているのだ。

 今回、春瀬探偵事務所の図面を作成していただいたことで、ずっとおぼろげだった探偵事務所の全体像が見え、ようやく京都の街の一部になったように思いました。
 事務所の構造、部屋の間取り、家具の配置、どれをとっても頭の中に描いていた通りで、こんな素敵な事務所に住んでいる壱弥を羨むばかりです。
 ここをゴミ屋敷にしたら、さすがのナラも怒るだろうと納得しかありません。
 周辺が特別修景地域ということもあり、外観もとても魅力的な和風住宅にしていただきました。
 ここは誰のお屋敷ですか、と問いたくなるほどの美しさ。縦格子の入り口にはあの木札もしっかりと掛かっていて、「あら素敵。なんのお店だろう?」と、思わず足を止めて覗き込んでしまいそうです。
 それでも、ナラが愛用している自転車がそばに停めてあるところをみると、二人にとっては日常の一部なんだろうなぁとしみじみ。
 しかし、お庭の世話は一体誰がしているのでしょうか……?
 そんな妄想も捗る素敵な間取りやイラストを、エフェメラルの世界で京都散歩を楽しむ際の一助としていただければ大変嬉しく思います。
 最後になりましたが、素敵な企画に携わってくださった方々に、この場をお借りして感謝を申し上げます!

泉坂光輝(@Carpediem_rosas

神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル 冬夜に冴ゆる心星

表紙
  • 著:泉坂光輝
  • 装画:くろのくろ
  • 発売日:2025年3月21日
  • 価格:803円(本体730円+税10%)

神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル 秋霖と黄金色の追憶

表紙
  • 著:泉坂光輝
  • 装画:くろのくろ
  • 発売日:2024年3月19日
  • 価格:803円(本体730円+税10%)

神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル 夏惜しむ、よすがの花

表紙
  • 著:泉坂光輝
  • 装画:くろのくろ
  • 発売日:2022年10月20日
  • 価格:803円(本体730円+税10%)

神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル

表紙
  • 著:泉坂光輝
  • 装画:くろのくろ
  • 発売日:2020年4月20日
  • 価格:770円(本体700円+税10%)

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